『人形の家』上演台本+アンケート

『人形の家』

作・演出 井上新蔵

人形の家


リコ

※上手に母、背を向けて台所仕事をしている。下手には、箱に座った兎と、箱に倒れているリコ。下手から、女。兎、木槌を鳴らす。

母: トン、トン…トン、トン…トン、トン…トン、トン

女: 別に、どうってこともない、毎日毎日、繰り返す日々…たいしたこともない、
面白みのない、ただ、なんとなく、視界が、世界が狭いような、
バカみたいに、薄っぺらくて、私には関係ないような、私には、関係がない…

母: トン、トン…トン、トン…トン、トン…トン、トン…お料理、お料理、ああ、
忙しい、忙しい。あら、みっちゃん、おかえりなさい

女: …ただいま

母: おやつ、冷蔵庫にフルーチェ、ぷる、ぷる、ぷる、ぷる…ぷる、ぷる、ぷる、ぷ
る…フルーチェ、フルーチェ、ああ、忙しい、忙しい。

女: おやつって、もう9時だってのに…子どもじゃないんだから、いらない

母: まぁまぁ、この子ったら、子ども部屋で暮らしてるうちはこ・ど・も、よ。
あなたのお部屋、ちょっとは片づけなさいね、おもちゃに、お人形に…ほら、
なんていったかしら?あなたのおきにいりの、赤い屋根のお家の、どこに行くにも
いつも一緒だった、あの子…そうそう、リコちゃん!

※リコ、ぴょこっと動く。

女: 嫌な言い方、片付けるわよ、そのうち

母: そう、片付けるの

女: でも、今日はもう疲れてるから

母: そう、疲れてるのよね

女: だから、家でくらい、好きにさせてよ

母: そう、好きにしたいのよね、好きに

※女、中央の椅子に座る。
♪テープを巻き戻すようなねじれの音。リコ、母、回転しながら着席。

兎: (木槌を鳴らす)これよりぃいいい!第2186回ぃ!!人形裁判をぉおおお!!!
始める!!!!

女: 人形裁判?

兎: ぼうと…冒頭…冒頭ちん…冒頭ちんじゅちゅ!!

母・リコ:ちんじゅちゅ、ちんじゅちゅ?(ヒソヒソと話す)

※兎、木槌を鳴らす

母: 被告人、みっちゃんは、令和8年〇月〇日午後〇時〇分ころ、自宅台所において、
母手作りのおやつであるフルーチェを蔑ろにし、自身の子ども部屋に引きこもった
ものである。罪名及び罰条、フルーチェの尊厳及び冷蔵庫での保存環境維持等に関する法律第66条違反、フルーチェの遺棄によりこれを死傷させる行為等の処罰に関する法律第6条。以上であります

女: ないでしょ、そんな法律!!

兎: あなたには黙秘権があります

女: バカみたい、一体なんなのよ

兎: 発言の内容は、あなたに有利なことも不利なことも、すべて証拠として使われます

女: どうだっていいわよ…フルーチェ食べなかったのが罪?

母: 証拠写真をご覧ください

女: 冷蔵庫?

母: 被害者の最後の姿です

女: ただの冷えてるフルーチェじゃない!

兎: びいいいいん!!ぷる、ぷる、ぷる、ぷる…

女: なによ

母: でたわ!裁判長の降霊術よ!

リコ: 被害者の魂が裁判長に!!

兎: ぷる、ぷる、ぷる、ぷる…僕は、フルーチェ…た、べ、てよぉ…た、べ、て、
ほしかったよぉお…ガクッ

母: ううっ

リコ: かわいそうに

女: フルーチェ!食べ物でしょ!!魂ないでしょ!!

母: 裁判長!差別発言です

兎: この、ご時世に!!

女: あーもううっさい!

リコ: 裁判長、このように、被告人は心神喪失の状態にあり、刑事責任能力はありません

兎: そのようにも見えますね

女: バカにしてる

兎: バカにしてる?

女: だいたい、私、フルーチェ嫌いなのよ

リコ・母:おお…!

女: 甘すぎるし、ドロドロしてるし

兎: 被告人、これ以上フルーチェの人権を侵す発言は、やめなさい!

女: そもそも、あれ、何?デザートなの?

兎: 被告人!

女: なんで固まるの?中途半端でぐちゃぐちゃで、気持ちが悪い…

※リコ、女の口を塞ぐ

母: 裁判長!ただいまの発言のとおり、被告はフルーチェを貶め、一切の反省もありま
せん!犯行は計画的で残虐であり、被害者の遺族も処罰を望んでいます。
以上の点から、被告人を死刑に処するのが相当であると考えます!!

兎: 弁護人、何かありますか

リコ: 裁判長…無罪です!

兎: (木槌を鳴らす)第2186回人形裁判、判決!死刑!!

※兎、母、退場。

リコ: ばかね、死刑になっちゃった

女: 死刑?

リコ: そうよ、死刑、あなた、死刑、わかる?

女: バカにしないでよ

リコ: どうして?あ、もしかして、死にたい人?あなた、死にたい人?

女: 死にたかないわよ、多分…でも

リコ: でも?でもやっぱり、死にたい?

女: どうだろう…もしかしたら、もう死んでいるのかもしれない

リコ: でも、ここにいるわ

女: 私、ずっと、どこにもいないの。いつも、なんとなく、視界が、世界が狭いよう
な、バカみたいに、薄っぺらくて、私には関係ないような、私には、関係がない…

リコ:いるわよ、ここに

女: そういうことじゃなくて

リコ: なんで?じゃあ、あなた、なんで、ここにいるの?

女: え?

リコ: あたし、リコちゃん。あたしは、ずっと、ここにいるわ

【リコ】

※兎、出て木槌を鳴らす。母、出て上手で背を向けて台所仕事をしている。

母: (木槌の音に重ねて)トン、トン…トン、トン…トン、トン…トン、トン…
お料理、お料理、ああ、忙しい、忙しい。あら、みっちゃん、おかえりなさい

リコ: あらいやだ、ママったら!あたし、リコよ、リコちゃん!

母: おやつ、冷蔵庫にフルーチェ、ぷる、ぷる、ぷる、ぷる…ぷる、ぷる、ぷる、ぷ
る…フルーチェ、フルーチェ、ああ、忙しい、忙しい。

リコ: フルーチェですって!ああ、フルーチェ!!なんて素敵な日なの、もしかし
て、今日はリコの誕生日だったのかしらん、それとも国民の祝日?
ママ、だあい好き!!

母: まぁまぁ、この子ったら、こ・ど・も、ね

リコ: そうよ、リコは永遠の11歳、小学五年生だもの!こ・ど・も、よ!

母: そう、子どもはフルーチェ、好きよね

リコ: 好きよ、ママの次に、だあい好き!リコ、ママ、だあい好き!!

母: そう、ママもリコちゃんのこと、だあい好き!

リコ: だから、ママ、リコのママになってくれる?

母: そう、ママ、リコちゃんのママになるのね

女: え?

※♪テープを巻き戻すようなねじれの音。リコ、母、停止。

兎: (木槌を鳴らす)さて、いかがです?なかなか、いい感じじゃないですか?

女: そんなの、ずるい

兎: ずるい?

女: 私、あんなじゃ

兎: ああ

女: あんな、バカみたいに

兎: じゃあ、やり直します?

女: え?

兎: 被告人、何かありますか

リコ: そんなぁ!裁判長…あたし、無罪です!

兎: (木槌を鳴らす)判決!死刑!!

※兎、母、退場。

リコ: ばかね、死刑になっちゃった

女: 死刑?

リコ: そうよ、死刑、あたし、死刑になっちゃった。わかる?

女: あなたが、死刑?

リコ: そうよ!あ、もしかして、死にたい人?あなた、死にたい人?

女: 死にたかないわよ、多分…でも

リコ: でも?ちょっと、はっきりしてよ

女: どうだろう…もしかしたら、もう死んでいるのかもしれない

リコ: まるで他人事ね

女: そう、他人事みたいに…私、ずっと、どこにもいないの。いつも、なんとなく、
視界が、世界が狭いような、バカみたいに、薄っぺらくて、私には関係ないよう
な、私には、関係がない…

リコ: ああ

女: わかる?

リコ: じゃあ、あなた、きっといないのよ

女: …

リコ: あなた、いないのよ

女: …

リコ: あたし、リコちゃん。あたしは、ずっと、ここにいるわ。あなたは、あら、
どこに行っちゃったのかしら?

女: …どうして私ばかり裁かれるの?

※女、兎を見る。
兎: 私もね、死刑だったんです。第88回人形裁判、第188回人形裁判、
第288回人形裁判、そこから18回、全部、死刑

女: じゃあどうして生きてるの

兎: 逃げました

女: え?

兎: 私、逃げたんです

女: どこに?

兎: 裁判長席に

女: 裁判長なら、死刑をやめてよ

兎: それはできません

女: どうしてよ

兎: だって裁判長ですから

女: …

兎: 裁判長が、死刑をやめたら、なんになると思いますか

女: え?

兎: ただの、兎です。ピーターラビットでも、ミッフィーでも、マイメロディですら
ない、ただの、ピンクの兎です。気味が悪いでしょう?…そう、気味が悪い…
(木槌を叩く)第2188回人形裁判、被告、私、判決!死刑!!

※♪「Entry of the Gladiators」リコ、母、兎、順に振り向き、手に頭を持っている。
曲にあわせてお互いの頭を被せあう。

女: ねぇ、私、どこ?ねぇ、ねえったら!

リコ: あなたの名前、なんだっけ?

女: …みっちゃん?

兎: 本名は?

女: …

兎: 本当の、名前は?苗字と、名前

女: だから、みっちゃん…私の名前…名前、なんだっけ?

母: みっちゃん!

リコ: みっちゃん!!

兎: みっちゃん!!!

※女、母、リコ、兎、退場。兎出てきて。

兎: みっちゃん、みっちゃん、みっちゃん、みっちゃん⋯みっちゃんって、誰なんでしょう?
ひょっとしてあなたが、みっちゃん?ああ、もしかして、こちらが、みっちゃん。いや、しかし、あなたがみっちゃんで、私がみっちゃんでない、とも言い切れない。私は、本当に、私、なんでしょうか?あなたは、ひょっとして…

♪「私とかくれんぼ」

私のクニではこのごろ
他所様の頭が大流行
ちょっと他所様をのせてはみては
やれそれ、あれこれ、どうだのこうだの
他所様の頭で考え遊ぶ

そのうち、ひょっと、頭を無くして
私はだれやら、貴方はだれやら
ここはどこやら、彷徨いくれる

ピアノをひけば長調が短調に
蝶々が丹頂鶴に
仕方がないものだから
ああ、南無さんで、ぐるっと一回転
さてはて、私の頭は、どこのっかった

【兎】

※兎、出て木槌を鳴らす。母、出て上手で背を向けて台所仕事をしている。

母: (木槌の音に重ねて)トン、トン…トン、トン…トン、トン…トン、トン…
お料理、お料理、ああ、忙しい、忙しい。あら、みっちゃん、おかえりなさい

兎: トン、トン…トン、トン…トン、トン…トン、トン

母: おやつ、冷蔵庫にフルーチェ、ぷる、ぷる、ぷる、ぷる…ぷる、ぷる、ぷる、ぷ
る…フルーチェ、フルーチェ、ああ、忙しい、忙しい

兎: トン、トン…トン、トン…トン、トン…トン、トン

母: まぁまぁ、この子ったら、こ・ど・も、ね

兎: トン、トン…トン、トン…トン、トン…トン、トン

母: そう、子どもはフルーチェ、好きよね

兎: トン、トン…トン、トン…トン、トン…トン、トン

母: そう、ママもあなたのこと、だあい好き!

兎: …

母: そう、ママ、あなたのママになるのね

リコ: …いこっか

女: …うん

※リコ、女下手へ。リコ、兎、退場。

母: ねー、みっちゃん、こっちがシヴァね、シヴァは最強なの!ばきっぐっしゃっどっ
かーん!!ぐちょ。リンガの滅びのダンスで世界が終わりましたー宇宙ぼーん…
でもね、シヴァは破壊と再生の神様だから、一度全部壊して、また作り直すの…
うーん、みっちゃんにはまだわかんないかなー

女: 好きよ、私、お母さんのこと、好き、大好き

母: そう、ママもみっちゃんのこと、だあい好き!

女: ねぇお母さん

母: なぁに

女: ねぇ

母: なぁに

女: …

母: あら、どこに行っちゃったのかしら?

※♪トン、トン…トン、トン…トン、トン…トン、トン
女、死刑台へ。

♪「私とかくれんぼ2回目」

そのうち、ひょっと、頭を無くして
私はだれやら、貴方はだれやら
ここはどこやら、彷徨いくれる

ピアノをひけば長調が短調に
蝶々が丹頂鶴に
仕方がないものだから
ああ、南無さんで、ぐるっと一回転
さてはて、私の頭は、どこのっかった

※女、兎の頭を被って裁判長席に、頭を外して木槌を鳴らす。

女: 第2189回人形裁判、判決!死刑!!

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