シンドラーのリフト

四季の森シアターフェスティバル 参加作品
「シンドラーのリフト」

概要

四季の森シアターフェスティバル 参加作品
「シンドラーのリフト」

ーー私はその建物の周りをぐるぐると、左に3周ばかりしましたが、
その建物は、まったくただの白い箱で、
入り口にあるリフトのほかには階段らしきものがなにもないのです。

戦火のなか、男はリフトに乗る。
どうにもこの日本製のリフトは壊れやすい。

上か、下か、行くか、戻るか、扉の先はわからない。
芋の工場では白や黒が懸命に芋を育てている。
もうじき手足が生えるころ。
上か、下か、行くか、戻るか、扉の先はわからない。

3名の役者で送る、シュルレアルで奇妙なお芝居。

ーーたとえばある月曜日の朝。
ゴミ収集車の回収に、ゴミ出しが間に合ったか/間に合わなかったか。
そこで世界は分岐する。
あるひとつの選択が「異なった/違った」ときに、たどり着いたその先は、
必然なのか偶然なのか。
「選んだ」先にあるものは本当に自らの「意図した」ものだったのか。
無数の選択の中に生きる無数の生命。
そのなかには自分に似たものもあれば、とうてい似てもにつかないものもある。
「自分ではない/自分とは異なった」形をもった命の「生」
いったいどう意識して捉えることができるのか。
そうしてそんなこちらの事情など、とうてい預かり知らぬところで、
いつも生と死は繰り返されていく。

生まれては死んでいく数限りない命たち。
扉の先もまた、生滅流転する無常の世界。
またもうひとつ別の現し世。


出演
中西彩華 片桐亜希 根本みを

——————

『シンドラーのリフト』

※舞台下手に幅90×高さ180cmの黒い枠。エレベーター。
赤いスカーフが風に吹かれ現れる。くるくると舞台上を舞ってやがて箱へ。
人、上手から現れあたりを見回し、

人: 第一章「リフトのついた白い箱」

ーー私は、その建物の周りをぐるぐると、左に3周ばかりしましたが、その建物は、まったくただの白い箱で、リフトの扉のほかには窓や階段らしきものがなにもないのです。

リフトの横にはこのような張り紙がありました。

箱:「故障中。ご希望の階には登りません。ご利用は少し上の階へ、それから下へ」

♪: 【どうにもこの日本製のリフトは壊れやすい】

上か、下か、行くか、戻るか、扉の先はわからない
どうにもこの日本製のリフトは壊れやすい
人生は伏線 回収なんてものはない 伏線回収なんて人それぞれ
上か、下か、行くか、戻るか、扉の先はわからない
嗚呼、ここは何度目だ
嗚呼、これはいづくんぞ
上か、下か、行くか、戻るか、扉の先はわからない

※箱、一礼。

■1回目

※チーン、とベルの音。

人: あのー、誰かいます?私、こちらの鋳物の工場の監査係として来たものです
もしもし、誰かいませんか?もしもしー

箱: もしもし、もしもし…

<「もしの話」>
もしも、私が、はな、ならば、あなたは…鼻毛

人: よかった、工場の方ですか?

箱: あなた、どうやってここにいらっしゃいました?

人: リフトを使って

箱: あれはこの階には登れません

人: ええ、故障中だったので、まず11階へ、それから降ってこの階へ

箱: なるほど

人: 工場の方、ですよね?

箱: そのようなものです。工場かも、しれないものの、工場の方、かもしれないもの、です

人: よかった、私、こちらの鋳物の工場の監査係として来たんですが

箱: 何の工場ですって?

人: 鋳物、の

箱: 芋、の

人: 金属を型に流し込んで

箱: 風俗の方にも人気の

人: 琺瑯の、鍋なんかを造る、鋳物の工場だとうかがってます

箱: ホクホクの、焼き芋なんかをつくる、芋の工場です
主に紅はるかやなると金時、シルクスイートをつくっています

人: あれ、おかしいなぁ。私、鋳物の工場の、監査係と聞いてたんですが

箱: あなた、芋の工場の観察係としていらっしゃったんですよね?

人: え?

箱: え?

人: 鋳物の工場

箱: 芋の工場

人: 監査係

箱: 観察係

…ようこそ、芋の工場へ!カーテン、オープン!

♪: 【朝が来た来た】

朝が来た来た 朝が来た ヨイヨイ 芋の工場に朝が来た
掘って掘られてまた掘って・・・

人: 第二章「芋の工場」

※工場で懸命に耕す仕草の白黒。

人: あれはなんです

箱: あの白いの、ですか?奴らはああやって芋をつくっているんです

人: 白いの・・・工場の従業員のようなものですか

箱: まさか!奴らは人じゃありません。芋をつくる、なんというか、まぁナメクジのよ うなものです

人: ナメクジ・・・

箱: だいたい、奴らにゃ言葉も通じませんよ

人: はぁ・・・

箱: 土を食らって生き、本能に従って耕す、単純でくだらない、なんというか、まぁナメ クジのようなものです

※白黒、何かにつまづきビチビチとのたうつ。

人: ああっ!

箱: かまやしません、痛みなんて感じちゃいないんです、ナメクジですから

※箱、白黒を足で突く。白黒がおろおろと起き上がり、再び耕す仕草をする。
箱、足についた汚れを床に擦り付けるような仕草。
人、それを見ている。

■2回目

※チーン、とベルの音。

人: あのー、おはようございます。誰かいます?もしもし、誰かいませんか?

箱: あなた、どうやってここにいらっしゃいました?

人: リフトを使って

箱: あれはこの階には登れません

人: ええ、故障中だったので、まず8階へ、それから降ってこの階へ

箱: なるほど

人: よかった。この階で合ってた

箱: そうですね。この階かも、しれません

人: かも?かもですって?

箱: <「かも」の話>

先日、公園で親子を見かけたんです

パパ、あそこに鳥がいるよ!あの鳥はなんていう名前の鳥?

ああ、あれは「鴨」だね

かも?確かじゃないの??

以上、「かも」の話でした

※人、荷物を運ぶ白黒に手をかす

箱: 何をしているんです

人: いや、なんだか重そうなんで、つい

箱: 馬鹿なことはおやめなさい、あなたまさかあのナメクジどもをかわいそうだなんて思ってやいませんよね?

人: しかし、私にはどうもあの白いのが、人とそう違うようにも思えません

箱: Oh!Oh!xxxxxxxxxxxxxxx!!!

人: え、何、なんですか?

箱: いいですか、あれはナメクジです。あなたのような立派で、知的で、五体満足な 人間様とは違うんです。だから、煮ろうが焼こうが、殺そうが、いっこうにかまや しません

人: 私はそんな立派なものじゃありませんよ

箱: いいえ、ご立派です!あなたこそ人間!パーフェクトヒューマン!!

人: そんな、ただの人間です

箱: ええ、ただの人間です。ただの人間ならなおさら、あの白いナメクジどもを気にかけるのはおよしなさい。あんな奴らにゃ塩でもかけてやればいいんです!くらえ!ハッカッタの塩!!!

※箱、白黒に塩をまく。白黒、悶える。箱、下手に行き、背を向ける。

白: にょにょにょにょにょにょ・・・ちぢむ、あっ!!あー!!

人: なんてことをするんですか!ああ、もう、こんなに小さくなって・・・そうだ、水!水をかけてあげる

※人、白黒に水をかける。白黒、水を浴び、セクシーな仕草。人と白黒、見つめ合う。

人: このときめきはなに?

白: バチコーン♡

■3回目

※チーン、とベルの音。白黒、畑を掘り返している。白黒の体には黒いシミが現れている。

人: おはようございます!今日もいい天気ですね

箱: あなた、どうやってここにいらっしゃいました?

人: リフトを使って

箱: あれはこの階には登れません

人: ええ、故障中だったので・・・あれ、そういえばどうやってここに来たんだっけな

箱: なるほど

人: でもこの階で合ってますよね

箱:・・・

人: ああ、芋ももう随分葉が枯れてきた。収穫の頃合いですね。芋の葉が黄色く変化したら、栄養が芋に行き届いたサインなんです

箱: 随分と、お詳しいんですね

人: そりゃあ、私、この芋の工場の観察係ですからね。あれこれ調べて、勉強しまし た。まあ、ここに来た初めは話が違う、と戸惑いましたが、今ではすっかり芋博士です。

箱: ではご存じですか?

人: 何をです?・・・ああ君、芋を掘るの、手伝うよ(白黒のもとに駆け寄る)。

あれ、君、なんだか色が変わったなぁ。ええっと、なんでしたっけ?

箱: この芋の工場でつくられた芋は、喋るんです

※ 白黒、芋を取り上げる。産声が上がる。

♪: 【手のひらを太陽に】

※ 白黒と人、芋を育てる日々。白黒、芋を抱き揺れている。その隣で芋をあやす人。

人: ばー。アバババ!ご機嫌だなぁ、そらこっちへ来るかい?どら
(白黒から芋を受け取りあやす)うん?なんだって??(芋に耳を寄せる)

芋: パ・・・パ、パ

人: パパ・・・・・・!!!

※ チーン、とベルの音。人、芋を白黒に渡す。

人: ねぇ、今の、聞いた?ねぇ、聞こえた?今、あの子、喋ったんだ。私のことを、 パパ、って・・・それはもう、なんとも言いようがない高揚感でした。考えてもみ てください、毎日毎日、丹精を込めて育てた子が、初めて喋ったんです。

パパって

※箱、何度もベルを鳴らしながら

箱: 一重ひとえ積んでは父の為。二重ふたえ積んでは母の為。三重積んでは西を向き
・・・出荷!!!

※箱が芋を真っ二つにする。
何かがひしゃげるような、耳障りな音が響く。呆然と、箱を見る人と白黒

人: 第三章「首」

箱: ーーいってまいります。そう言って私は、リフトのボタンを押しました。金属の擦

れる不快な音。いつものこと。毎日毎日、私はこのリフトに乗って、降って、登ってを繰り返す。いつものこと。はて、私は一体どこから乗って、どこで降りていたのか。扉が開いたその先は、果たしていつもと同じ場所なのか・・・

不意に閉まる扉、動き出すリフト。どうにもこの日本製のリフトは壊れやすい。

※何かがひしゃげるような、耳障りな音。箱、自らの首を置く。

箱: かのフランス王妃マリーアントワネットも、新選組局長近藤勇も、イングランド王妃アン・ブリアンも、預言者ヨカナーンも!!みーんな首を切られて、頭と身体がおさらばさらば!!・・・はて、人は何故に首を切るのか。腹を切るのじゃだめかしら?ああ、太くて切りづらい。なるほどなるほど。手足を切るんじゃ死ねやしない。なるほど、理に適ったやり方だ!

理に適ったやり方で、彼らは死んだ!なに、悲観的に考えるのはおやめなさい。そういう筋道、そういう道理、悲劇と決めつけられては浮かばれない、彼ら自身に聞いてみないことにはわからない…少なくとも私はこれを悲劇だとは思わない

人: 何を・・・なんてことを・・・!あのこは、生きてたんだぞ!!

箱: ここは、芋の工場です。あれは、芋ですよ。ただの出荷です

人: 芋の工場・・・芋・・・出荷?だって、あのこは今朝方僕のことを「パパ」って呼んだんだ

箱: ・・・!(箱、人を見る)

※ 白黒、姿が黒くなりその場に倒れる。

箱: はたして人は、何故にこうも自身の目の前にある世界を肯定するのか。さもありなんと、日々の繰り返しを信ずるのか。時折相見える破綻や断裂に慄き、因果を恣意的につなげて悲劇だ喜劇だと騒ぎ立てる。世界は漂っている。そこには破綻も、時系列もない。ああ、なるほど。我々は、このおぼつかない、拠り所のない世界を、せめてわかったものと膜でくくるために、目の前にある世界を、それと享受する。

■?回目

※チーン、とベルの音。

人2:あのー、誰かいます?私、こちらの鋳物の工場の監査係として来たものです誰かいませんか?

箱: あなた、どうやってここにいらっしゃいました?

人2: リフトを使って

※【朝が来た来た】

人、白い服で頭に白い帽子、てっぺんに羽が生えている。出てきて農作業を始める。

人2: あれはなんです?あの白い・・・工場の従業員のようなものですか

♪: 【どうにもこの日本製のリフトは壊れやすい】

上か、下か、行くか、戻るか、扉の先はわからない
どうにもこの日本製のリフトは壊れやすい
人生は伏線 回収なんてものはない 回収なんて人それぞれ
上か、下か、行くか、戻るか、扉の先はわからない