「におうひと」上演台本+アンケートフォーム 第8回成田市演劇祭2025 参加作品 「におうひと」 …あんたは、そうなんだな、そう思っている。 そう、見える。 人なんて、およそそうだと見ているようにしか物事を捉えられんのだ。 目で見たものなんて、 余所にとってみたら全く違うものかもしれないってのに。 ■ においは語る、においは紐づき、想起させる。 においは世界だ。 においを嗅ぐ男の人生の走馬灯。 回転していく様々な場面。 一つのにおいから立ち上る記憶の粒子は、 過去と現在、夢と現実の境界を曖昧に揺れながら、 舞台の上で幾重にも回っていく。 それらは連続でも、断絶でもなく、 ただ、くるくると通り抜けていく。 作 井上新蔵 出演 片桐亜希 根本みを 中西彩華 友井初美 音響 5n6 /照明 亀井影人/衣装 サイトウエリコ ———————————————– 『におうひと』 人なんて、およそ「そう」だと見ているようにしか物事を捉えられない。 目で見たものなんて、余所(よそ)にとってみたら、全く違うものかもしれないってのに 佐藤 衛壱 <序:におうひと> ※しきりに匂いを嗅ぐ音。 ※中央に明かり。Aがマスク姿に白い服、拘束されたような格好で鼻を鳴らしている。 B:いかがです?においで、何かわかりますか? A:におう、におう。水…いや、汗の…濡れたにおい…くさい。…濡れている ※パチン、という音とともに舞台全体が明るくなる。上手寄りにB、下手寄りに椅子に座るC、下手側にD。 B:正解!さっきねーぇ、漏れちゃった、出ちゃったの。あーあ、湿っぽい! D:あらら、田中さん、紙パンツ、気持ち悪い感じかな?早めに声かけてくださいね、お洋服、汚れちゃうから。お部屋戻って、さっぱり、しましょうね!清拭、お願いします〜 A:…土だ、土のにおい D:岡田さん、薬飲んだ?あれーまだもってる?持ってるねー、手、開きましょうねー?(Cの握り込んだ指を開かせる)お薬、飲まなきゃお薬ー…うわぁお、ダンゴムシー(Cを見る) ※C、水を一口のみ、ダンゴムシを口にしようとする。 D:飲まない、飲まないよーダンゴムシ!なに、お孫ちゃんが持ってきちゃった?駄目だって、面会に生物持ってくるのやめてって伝えたんだけどなー…(窓からダンゴムシを投げ捨てる) A:恐ろしい D:佐藤さん? A:私はね、恐ろしい D:どしたどしたー佐藤さん A:私の力はいずれ国家に狙われるだろう D:狙われるの?力?佐藤さんの、力ってなによ? A:鼻が…きく! D:うん? A:鼻が、とてつもなく、いい! D:…今日のお昼ごはん、なーんだ…? A:唐揚げ D:…大…正解!! ※パチン、という音とともに暗転。 <一場:におうひと、あるいは精神科医> ※しきりに匂いを嗅ぐ音。 ※中央に明かり。Aがマスク姿に白い服、拘束されたような格好で鼻を鳴らしている。 B:いかがです?においで、何かわかりますか? A:におう、におう。水…いや、汗の…濡れたにおい…くさい。…濡れている。…土だ、土のにおい B:なるほど、なるほど?濡れた?くさい?土がついた?あ…犬?(あたりを見回す)いるわけ、ないか A:唐揚げ… B:唐揚げ…あー、昼の弁当に入ってたかな、唐揚げ。それかな…はーっ(自分の息を嗅ぐ) A:私はね、恐ろしい B:どしましたー?佐藤さん A:私の力はいずれ国家に狙われるだろう B:狙われるの?なんで? A:鼻が…きく! B:うん、うん、え? A:鼻が、とてつもなく、いい! B:鼻、かー。うん、大丈夫、狙わないから、国家。鼻なら、やっぱり犬の方がいいでしょ?におい嗅がせるならー、人間の佐藤さんより、犬、そう犬に嗅がせるでしょー? A:私が嗅ぐのは、そんなものじゃない。においは語る、においは紐づき、想起させる。においは世界だ。私は、鼻で、それを知る B:鼻で?世界が?わかるんですか。それは、すごい A:組織に見つかれば…研究対象として…切り刻まれるかもしれない B:そう、ですねー…うん、まぁ、それは…大変だ! 佐藤衛壱、76歳、痴呆…いや、今は認知症か。症状としては、鼻が良いという強い妄想…と A:…妄想? B:はい、佐藤さん、今日はもういいですよ。また2週間後にいらしてください ※B、舞台後方を向く。 A:…そう、思うのか。そう、見えるのか…。人なんて、およそ「そう」だと見ているようにしか物事を捉えられない。目で見たものなんて、余所にとってみたら全く違うものかもしれないってのに ※A、上手に退場。 <二場:ピエロ、あるいはブランコ乗り> ※C、下手から登場。Bは上手奥を向いている。 C:ねぇ、じきに出番よ。…ねぇ、また、「あの」佐藤さん? B:ああ、認知症による幻視や幻聴がある患者はよくいるけど、においでなんでもわかるって思い込んでるというのは珍しいね。ありもしないにおいを感じる幻臭ってやつともちょっと違う C:そう…研究のしがいがあるのよね。切り刻んだり、電気、流したり? B:そうそう、光線銃で人間を捕まえて人体改造…って、宇宙人じゃないんだから C:じきに出番。わかってる?しっかりしてよ。アンタは、精神科医じゃない。もちろん、宇宙人でもない。ピエロ、でしょ? B:… C:空中ブランコの、ピエロ ※B、ピエロの鼻をつけた姿で振り返る。A、上手に出る。 ♪ジェンカ(橋幸夫) A:さて、ここに登場しましたるは、我らがバラ十字サーカス団の「ハナガタ」スター!空中ブランコの妖精とピエロのコンビ、「かぐわしき」その名は、(♪:ドラム)ローリー&ポーリー!! ※C、Bを引っ張ってスポットライトの中へ。C、ポーズ。Bも遅れて、なんとなくポーズ。 C:アタシはサーカスの花形、空中ブランコのフライヤー。アイツはピエロ姿のキャッチャー。アタシが飛んで、くるりと宙返り。それからアイツが受け止める ※C、勢いよく縄梯を登り、松脂をつけ、棒を握る。 A:今宵、この麗しきローリーがお目にかけますのは、大技「空中3回転半ロシア飛び」! <空中ブランコのダンス(♪ピカデリー)> C:アイツはいつも上の空。自分は医者だと思ってる。奇妙な患者の話ばかりで、アタシのことなんか見ちゃいない A:ブランコからブランコへ!まさに命懸け!! C:サーカスの花形、空中ブランコ乗りのポーリー!! ※B、華やかにポーズを決める。 C:そう、アイツ昔は人気のブランコ乗りだったって。でも今はダメ、ピエロがせいぜい。こうなっちゃったのは、恋人がブランコで死んだとか、猛獣使いの父親が熊に食べられたとか、奇術師に変な薬を飲まされたとか聞くけれど、ホントのところはよくわからない。わからないけど、変になっちゃった。お手のものだったブランコさえ、飛ぼうとすれば汗みずく、怖くて怖くて、跳べやしない。アタシは空中ブランコのフライヤー。アイツはピエロ姿のキャッチャー。(Bを見る)可哀想…かわいそうな、アタシ B:ぶらん、ぶらん。ぶらん、ぶらん C:ブランコが揺れて、真っ暗なテントの屋根へ、昼のように明るいスポットの中へ B:ぶらん、ぶらん。ぶらん、ぶらん C:ぶらん、ぶらん。ぶらん、ぶらん。くるり、くるくる、あっ ※二人、手を伸ばす。B、Cの台詞中に上手に退場。 C:あと一寸、わずか数センチ、ほんの数ミリ、アイツの手は、ううん、アタシの手は、アイツに届かなかった。命綱も、ネットも無い。こういう時って、案外しょうもないことばかり頭に浮かぶもので、ああ、昨日のお夜食の残り、そのままにしちゃったからもう傷んでいるかしら、とか、こないだ買った下着、色は素敵だったけどナイロンだから蒸れて駄目ね、とか…そうこうしているうちに、アタシは高い高いブランコから、地べたに向かって、まっさかさま。アタシの体は、固い、固い地べたに叩きつけられ… <三場:ダンゴムシ、あるいは唐揚げ屋> ※D、下手から出る。C、丸くなりしゃがみこんでいる。 D:やだやだ、ここにもいる。うわーダンゴムシ、気持ちわり!えい、えい!(指で弾くような仕草) A:やあ、僕はハマダンゴムシ!海岸の砂浜に住んでいるよ!在来種さ! B:ど〜も!コシビロダンゴムシよ、森や林に住んでるの。在来種よ! A:あいつはオカダンゴムシ!北海道から沖縄まで日本中どこにでもいるよ!外来種さ!僕たち、ダンゴムシって名前だけど、節足動物で甲殻類、エビやカニの仲間さ! B:やーい、やーい、外来種〜!! 「人生ダンゴムシ」 ダン ダダダ ダン ダンダン ダン ダダダ ダン ダンダン 人生ダンゴムシ 苦もあるさ 寝床にゃションベンかけられて 虹も出る ダン ダダダ ダン ダンダン ダン ダダダ ダン ダンダン D:えいっ(踏み潰す) A・B:あ〜っ!!(退場) ※C、舞台後方へ行く。 D:ダンゴムシ、気持ちわり! ※C、ダンゴムシの姿で振り返る。 D:とにかく、丸くなるのが、気持ちが悪りぃな!あと、足が多い。気持ちわり!うぇ〜ここにも登ってきた!(二の腕のあたりをつまみ、弾き飛ばす)変なムシ! あっ、いらっしゃい!はい、いらっしゃい、はいはい、こちらもいらっしゃーい! …なんだ、いらっしゃいしねぇのか。そっか。うーん、つーか、誰もいらっしゃいしねぇな。売れるって言ってたのにな、唐揚げ ※A、上手から登場。 A:唐揚げ、お好きですか?そう、皆さん、お好きですよね?ええ、ええ、調理は簡単、フライヤーひとつあれば開業できるんです。鶏肉ですから、コストもかかりません。弊社の唐揚げフランチャイズシステムなら、唐揚げ専門店「からせん」のブランド力、知名度、ノウハウ、仕入れ、経営指導などまるっとサポート!3000億円と言われるこの唐揚げ市場で、お互いに成長・発展いたしましょう! ※A、退場。 D:嘘じゃーん、油たっけぇじゃーん。小麦粉、たっけえじゃーん。お客、来ねえじゃーん。ダンゴムシ、来るじゃーん!あっまたこの!(指で弾く) ※B、上手から登場。Dの様子を伺いながら近づく。 D:…お、いらっしゃい。 B:唐揚げ、ええと380円。うん。じゃそれ一ついただける? D:いただけない B:…え? D:あげるわけにはいかない B:ん?ん? D:唐揚げ、だけに B:あー D:ふたつ買わない?フランチャイズの加盟料、500万。唐揚げ380円じゃ、おっつかない B:あー…じゃぁ D:まいど!唐揚げふたつ、えーと、なーなーひゃー B:やっぱり、大丈夫です ※B、退場。 D:…唐揚げ、お好きですか?皆さん、お好きですよね? ※D、二の腕のあたりをつまむ。 D:なんでまた登って来るかなぁ。えいっ(弾き飛ばす) ※C、のそのそと退場。暗転。 <四場:椅子取りゲーム> ♪ジェンカ(橋幸夫) ※中央に椅子が3つ。A、B(ピエロ)、C(ダンゴムシ)、D(犬)、ジェンカを踊りながら出てくる。椅子の周りを反時計回りに周り、曲が止まるとB、C、D、着席。 A:もうす、もうす! B:はい、おたずねくだぁさい! A:ここにわたしはおりますでしょうか? B:はいはい、ちくっと見て参ります、ちくっと見て参ります、ちくっと…いやーどうも留守にしておるようですよ A:留守でしたかー、はぁ、ではお邪魔いたしました…もうす、もうす! C:はい、おたずねくだぁさい! A:ここにわたしはおりますでしょうか? C:はいはい、ちくっと見て参ります、ちくっと見て参ります、ちくっと…どうも留守のようですねぇ A:留守でしたかー、はぁ、ではお邪魔いたしました…もうす、もうす! D:はい、おたずねくだぁさい! A:ここにわたしはおりますでしょうか? D:はいはい、ちくっと見て参ります、ちくっと見て参ります、ちくっと… A :あのー D:拙宅の主人は、まもなく戻られる、とのことです。おまぁちください A:はい、はい、ではこちらで待たせてもらいます ♪ジェンカ(橋幸夫) ※B、C、ジェンカを踊りながら下手に退場。暗転。 <五場:犬、あるいはにおうひと> ※A、しきりに匂いを嗅ぐ。 A:くさいなぁ ※中央に明かり。A、椅子に座っている。D、Aの足元に座っている。 A:お前、くさいなぁ ※D、Aを見る。 A:もう2週間だもんなぁ、お前、ここに繋がれてて、2週間。お前のご主人、どこまで買い物に行ったのかなぁ…せめて、屋根があるとこにつなげばいいのになぁ…なぁ。 買い物、行ってんのかなぁ…なぁ、お前のご主人、いつ戻ってくるんだろうなぁ。戻って、くんのかなぁ ※A、においを嗅ぐ。 A:うん、水…いや、濡れたにおい…くさい。ちゃんと、くさい。戻って、こないのかもしれないなぁ。戻って、こないだろうなぁ…いや、ひょっとして、ワンチャン…ワンちゃん、だけに…いや。 なぁ、お前、唐揚げ食うか?唐揚げ、好きか?好きだよな?…買ってきて、やろうか? ※A、下手に退場。D、においを嗅ぐ。暗転。 <終:におうひと> ※パチン、という音とともに中央に明かり。そこに身を乗り出すようにして正面を向くB。 B:佐藤さん?佐藤さーん?…眠っちゃった、のかな ※D、明かりに入り、においを嗅ぐ。 B:においます? ※D、くんくんと鼻を鳴らし、うなづく。C、どこかへ向かう途中に、明かりの中に入ってくる。 C:あら、佐藤さんどうかした? B:におうらしいんです、ほら、あのにおい C:におい? B:そろそろかなーって時に、におうんだそうです C:におうの?…え、どんなにおい? D:甘酸っぱいというか、土くさいというか、ちょっと、お線香みたいな? C:におうの… D:(うなづく)たぶん…お昼ごろかなぁ C:あらー、今日のお昼、唐揚げだったのに B:佐藤さん、好きだったよね D:「だった」って言わない。まだ、だから…あっ「まだ」も駄目か B:連絡しておきましょうか D:佐藤さん、ご家族いらっしゃらないから、ソーシャルワーカーさんね C:佐藤さん、唐揚げ、今日のお昼、唐揚げ! ※BとD、Cを見る。 B:そんな、唐揚げで持ち直したりは D:いや、ワンチャンいけるかもしれない…佐藤さん、唐揚げ! B:えー…佐藤さん、唐揚げ、もうちょっと頑張って、唐揚げ! D:唐揚げ! C:唐揚げ!! B:唐揚げ!!! BCD:唐揚げ!!!! ※パチン、という音とともに暗転。においを嗅ぐ鼻の音。
「におうひと」上演台本+アンケートフォーム
第8回成田市演劇祭2025 参加作品
「におうひと」
…あんたは、そうなんだな、そう思っている。
そう、見える。
人なんて、およそそうだと見ているようにしか物事を捉えられんのだ。
目で見たものなんて、
余所にとってみたら全く違うものかもしれないってのに。
■
においは語る、においは紐づき、想起させる。
においは世界だ。
においを嗅ぐ男の人生の走馬灯。
回転していく様々な場面。
一つのにおいから立ち上る記憶の粒子は、
過去と現在、夢と現実の境界を曖昧に揺れながら、
舞台の上で幾重にも回っていく。
それらは連続でも、断絶でもなく、
ただ、くるくると通り抜けていく。
作 井上新蔵
出演 片桐亜希 根本みを 中西彩華 友井初美
音響 5n6 /照明 亀井影人/衣装 サイトウエリコ
———————————————–
『におうひと』
人なんて、およそ「そう」だと見ているようにしか物事を捉えられない。
目で見たものなんて、余所(よそ)にとってみたら、全く違うものかもしれないってのに
佐藤 衛壱
<序:におうひと>
※しきりに匂いを嗅ぐ音。
※中央に明かり。Aがマスク姿に白い服、拘束されたような格好で鼻を鳴らしている。
B:いかがです?においで、何かわかりますか?
A:におう、におう。水…いや、汗の…濡れたにおい…くさい。…濡れている
※パチン、という音とともに舞台全体が明るくなる。上手寄りにB、下手寄りに椅子に座るC、下手側にD。
B:正解!さっきねーぇ、漏れちゃった、出ちゃったの。あーあ、湿っぽい!
D:あらら、田中さん、紙パンツ、気持ち悪い感じかな?早めに声かけてくださいね、お洋服、汚れちゃうから。お部屋戻って、さっぱり、しましょうね!清拭、お願いします〜
A:…土だ、土のにおい
D:岡田さん、薬飲んだ?あれーまだもってる?持ってるねー、手、開きましょうねー?(Cの握り込んだ指を開かせる)お薬、飲まなきゃお薬ー…うわぁお、ダンゴムシー(Cを見る)
※C、水を一口のみ、ダンゴムシを口にしようとする。
D:飲まない、飲まないよーダンゴムシ!なに、お孫ちゃんが持ってきちゃった?駄目だって、面会に生物持ってくるのやめてって伝えたんだけどなー…(窓からダンゴムシを投げ捨てる)
A:恐ろしい
D:佐藤さん?
A:私はね、恐ろしい
D:どしたどしたー佐藤さん
A:私の力はいずれ国家に狙われるだろう
D:狙われるの?力?佐藤さんの、力ってなによ?
A:鼻が…きく!
D:うん?
A:鼻が、とてつもなく、いい!
D:…今日のお昼ごはん、なーんだ…?
A:唐揚げ
D:…大…正解!!
※パチン、という音とともに暗転。
<一場:におうひと、あるいは精神科医>
※しきりに匂いを嗅ぐ音。
※中央に明かり。Aがマスク姿に白い服、拘束されたような格好で鼻を鳴らしている。
B:いかがです?においで、何かわかりますか?
A:におう、におう。水…いや、汗の…濡れたにおい…くさい。…濡れている。…土だ、土のにおい
B:なるほど、なるほど?濡れた?くさい?土がついた?あ…犬?(あたりを見回す)いるわけ、ないか
A:唐揚げ…
B:唐揚げ…あー、昼の弁当に入ってたかな、唐揚げ。それかな…はーっ(自分の息を嗅ぐ)
A:私はね、恐ろしい
B:どしましたー?佐藤さん
A:私の力はいずれ国家に狙われるだろう
B:狙われるの?なんで?
A:鼻が…きく!
B:うん、うん、え?
A:鼻が、とてつもなく、いい!
B:鼻、かー。うん、大丈夫、狙わないから、国家。鼻なら、やっぱり犬の方がいいでしょ?におい嗅がせるならー、人間の佐藤さんより、犬、そう犬に嗅がせるでしょー?
A:私が嗅ぐのは、そんなものじゃない。においは語る、においは紐づき、想起させる。においは世界だ。私は、鼻で、それを知る
B:鼻で?世界が?わかるんですか。それは、すごい
A:組織に見つかれば…研究対象として…切り刻まれるかもしれない
B:そう、ですねー…うん、まぁ、それは…大変だ!
佐藤衛壱、76歳、痴呆…いや、今は認知症か。症状としては、鼻が良いという強い妄想…と
A:…妄想?
B:はい、佐藤さん、今日はもういいですよ。また2週間後にいらしてください
※B、舞台後方を向く。
A:…そう、思うのか。そう、見えるのか…。人なんて、およそ「そう」だと見ているようにしか物事を捉えられない。目で見たものなんて、余所にとってみたら全く違うものかもしれないってのに
※A、上手に退場。
<二場:ピエロ、あるいはブランコ乗り>
※C、下手から登場。Bは上手奥を向いている。
C:ねぇ、じきに出番よ。…ねぇ、また、「あの」佐藤さん?
B:ああ、認知症による幻視や幻聴がある患者はよくいるけど、においでなんでもわかるって思い込んでるというのは珍しいね。ありもしないにおいを感じる幻臭ってやつともちょっと違う
C:そう…研究のしがいがあるのよね。切り刻んだり、電気、流したり?
B:そうそう、光線銃で人間を捕まえて人体改造…って、宇宙人じゃないんだから
C:じきに出番。わかってる?しっかりしてよ。アンタは、精神科医じゃない。もちろん、宇宙人でもない。ピエロ、でしょ?
B:…
C:空中ブランコの、ピエロ
※B、ピエロの鼻をつけた姿で振り返る。A、上手に出る。
♪ジェンカ(橋幸夫)
A:さて、ここに登場しましたるは、我らがバラ十字サーカス団の「ハナガタ」スター!空中ブランコの妖精とピエロのコンビ、「かぐわしき」その名は、(♪:ドラム)ローリー&ポーリー!!
※C、Bを引っ張ってスポットライトの中へ。C、ポーズ。Bも遅れて、なんとなくポーズ。
C:アタシはサーカスの花形、空中ブランコのフライヤー。アイツはピエロ姿のキャッチャー。アタシが飛んで、くるりと宙返り。それからアイツが受け止める
※C、勢いよく縄梯を登り、松脂をつけ、棒を握る。
A:今宵、この麗しきローリーがお目にかけますのは、大技「空中3回転半ロシア飛び」!
<空中ブランコのダンス(♪ピカデリー)>
C:アイツはいつも上の空。自分は医者だと思ってる。奇妙な患者の話ばかりで、アタシのことなんか見ちゃいない
A:ブランコからブランコへ!まさに命懸け!!
C:サーカスの花形、空中ブランコ乗りのポーリー!!
※B、華やかにポーズを決める。
C:そう、アイツ昔は人気のブランコ乗りだったって。でも今はダメ、ピエロがせいぜい。こうなっちゃったのは、恋人がブランコで死んだとか、猛獣使いの父親が熊に食べられたとか、奇術師に変な薬を飲まされたとか聞くけれど、ホントのところはよくわからない。わからないけど、変になっちゃった。お手のものだったブランコさえ、飛ぼうとすれば汗みずく、怖くて怖くて、跳べやしない。アタシは空中ブランコのフライヤー。アイツはピエロ姿のキャッチャー。(Bを見る)可哀想…かわいそうな、アタシ
B:ぶらん、ぶらん。ぶらん、ぶらん
C:ブランコが揺れて、真っ暗なテントの屋根へ、昼のように明るいスポットの中へ
B:ぶらん、ぶらん。ぶらん、ぶらん
C:ぶらん、ぶらん。ぶらん、ぶらん。くるり、くるくる、あっ
※二人、手を伸ばす。B、Cの台詞中に上手に退場。
C:あと一寸、わずか数センチ、ほんの数ミリ、アイツの手は、ううん、アタシの手は、アイツに届かなかった。命綱も、ネットも無い。こういう時って、案外しょうもないことばかり頭に浮かぶもので、ああ、昨日のお夜食の残り、そのままにしちゃったからもう傷んでいるかしら、とか、こないだ買った下着、色は素敵だったけどナイロンだから蒸れて駄目ね、とか…そうこうしているうちに、アタシは高い高いブランコから、地べたに向かって、まっさかさま。アタシの体は、固い、固い地べたに叩きつけられ…
<三場:ダンゴムシ、あるいは唐揚げ屋>
※D、下手から出る。C、丸くなりしゃがみこんでいる。
D:やだやだ、ここにもいる。うわーダンゴムシ、気持ちわり!えい、えい!(指で弾くような仕草)
A:やあ、僕はハマダンゴムシ!海岸の砂浜に住んでいるよ!在来種さ!
B:ど〜も!コシビロダンゴムシよ、森や林に住んでるの。在来種よ!
A:あいつはオカダンゴムシ!北海道から沖縄まで日本中どこにでもいるよ!外来種さ!僕たち、ダンゴムシって名前だけど、節足動物で甲殻類、エビやカニの仲間さ!
B:やーい、やーい、外来種〜!!
「人生ダンゴムシ」
ダン ダダダ ダン ダンダン
ダン ダダダ ダン ダンダン
人生ダンゴムシ
苦もあるさ
寝床にゃションベンかけられて
虹も出る
ダン ダダダ ダン ダンダン
ダン ダダダ ダン ダンダン
D:えいっ(踏み潰す)
A・B:あ〜っ!!(退場)
※C、舞台後方へ行く。
D:ダンゴムシ、気持ちわり!
※C、ダンゴムシの姿で振り返る。
D:とにかく、丸くなるのが、気持ちが悪りぃな!あと、足が多い。気持ちわり!うぇ〜ここにも登ってきた!(二の腕のあたりをつまみ、弾き飛ばす)変なムシ!
あっ、いらっしゃい!はい、いらっしゃい、はいはい、こちらもいらっしゃーい!
…なんだ、いらっしゃいしねぇのか。そっか。うーん、つーか、誰もいらっしゃいしねぇな。売れるって言ってたのにな、唐揚げ
※A、上手から登場。
A:唐揚げ、お好きですか?そう、皆さん、お好きですよね?ええ、ええ、調理は簡単、フライヤーひとつあれば開業できるんです。鶏肉ですから、コストもかかりません。弊社の唐揚げフランチャイズシステムなら、唐揚げ専門店「からせん」のブランド力、知名度、ノウハウ、仕入れ、経営指導などまるっとサポート!3000億円と言われるこの唐揚げ市場で、お互いに成長・発展いたしましょう!
※A、退場。
D:嘘じゃーん、油たっけぇじゃーん。小麦粉、たっけえじゃーん。お客、来ねえじゃーん。ダンゴムシ、来るじゃーん!あっまたこの!(指で弾く)
※B、上手から登場。Dの様子を伺いながら近づく。
D:…お、いらっしゃい。
B:唐揚げ、ええと380円。うん。じゃそれ一ついただける?
D:いただけない
B:…え?
D:あげるわけにはいかない
B:ん?ん?
D:唐揚げ、だけに
B:あー
D:ふたつ買わない?フランチャイズの加盟料、500万。唐揚げ380円じゃ、おっつかない
B:あー…じゃぁ
D:まいど!唐揚げふたつ、えーと、なーなーひゃー
B:やっぱり、大丈夫です
※B、退場。
D:…唐揚げ、お好きですか?皆さん、お好きですよね?
※D、二の腕のあたりをつまむ。
D:なんでまた登って来るかなぁ。えいっ(弾き飛ばす)
※C、のそのそと退場。暗転。
<四場:椅子取りゲーム>
♪ジェンカ(橋幸夫)
※中央に椅子が3つ。A、B(ピエロ)、C(ダンゴムシ)、D(犬)、ジェンカを踊りながら出てくる。椅子の周りを反時計回りに周り、曲が止まるとB、C、D、着席。
A:もうす、もうす!
B:はい、おたずねくだぁさい!
A:ここにわたしはおりますでしょうか?
B:はいはい、ちくっと見て参ります、ちくっと見て参ります、ちくっと…いやーどうも留守にしておるようですよ
A:留守でしたかー、はぁ、ではお邪魔いたしました…もうす、もうす!
C:はい、おたずねくだぁさい!
A:ここにわたしはおりますでしょうか?
C:はいはい、ちくっと見て参ります、ちくっと見て参ります、ちくっと…どうも留守のようですねぇ
A:留守でしたかー、はぁ、ではお邪魔いたしました…もうす、もうす!
D:はい、おたずねくだぁさい!
A:ここにわたしはおりますでしょうか?
D:はいはい、ちくっと見て参ります、ちくっと見て参ります、ちくっと…
A :あのー
D:拙宅の主人は、まもなく戻られる、とのことです。おまぁちください
A:はい、はい、ではこちらで待たせてもらいます
♪ジェンカ(橋幸夫)
※B、C、ジェンカを踊りながら下手に退場。暗転。
<五場:犬、あるいはにおうひと>
※A、しきりに匂いを嗅ぐ。
A:くさいなぁ
※中央に明かり。A、椅子に座っている。D、Aの足元に座っている。
A:お前、くさいなぁ
※D、Aを見る。
A:もう2週間だもんなぁ、お前、ここに繋がれてて、2週間。お前のご主人、どこまで買い物に行ったのかなぁ…せめて、屋根があるとこにつなげばいいのになぁ…なぁ。
買い物、行ってんのかなぁ…なぁ、お前のご主人、いつ戻ってくるんだろうなぁ。戻って、くんのかなぁ
※A、においを嗅ぐ。
A:うん、水…いや、濡れたにおい…くさい。ちゃんと、くさい。戻って、こないのかもしれないなぁ。戻って、こないだろうなぁ…いや、ひょっとして、ワンチャン…ワンちゃん、だけに…いや。
なぁ、お前、唐揚げ食うか?唐揚げ、好きか?好きだよな?…買ってきて、やろうか?
※A、下手に退場。D、においを嗅ぐ。暗転。
<終:におうひと>
※パチン、という音とともに中央に明かり。そこに身を乗り出すようにして正面を向くB。
B:佐藤さん?佐藤さーん?…眠っちゃった、のかな
※D、明かりに入り、においを嗅ぐ。
B:においます?
※D、くんくんと鼻を鳴らし、うなづく。C、どこかへ向かう途中に、明かりの中に入ってくる。
C:あら、佐藤さんどうかした?
B:におうらしいんです、ほら、あのにおい
C:におい?
B:そろそろかなーって時に、におうんだそうです
C:におうの?…え、どんなにおい?
D:甘酸っぱいというか、土くさいというか、ちょっと、お線香みたいな?
C:におうの…
D:(うなづく)たぶん…お昼ごろかなぁ
C:あらー、今日のお昼、唐揚げだったのに
B:佐藤さん、好きだったよね
D:「だった」って言わない。まだ、だから…あっ「まだ」も駄目か
B:連絡しておきましょうか
D:佐藤さん、ご家族いらっしゃらないから、ソーシャルワーカーさんね
C:佐藤さん、唐揚げ、今日のお昼、唐揚げ!
※BとD、Cを見る。
B:そんな、唐揚げで持ち直したりは
D:いや、ワンチャンいけるかもしれない…佐藤さん、唐揚げ!
B:えー…佐藤さん、唐揚げ、もうちょっと頑張って、唐揚げ!
D:唐揚げ!
C:唐揚げ!!
B:唐揚げ!!!
BCD:唐揚げ!!!!
※パチン、という音とともに暗転。においを嗅ぐ鼻の音。