「におうひと」上演台本+アンケートフォーム

第8回成田市演劇祭2025 参加作品
「におうひと」

…あんたは、そうなんだな、そう思っている。
そう、見える。
人なんて、およそそうだと見ているようにしか物事を捉えられんのだ。
目で見たものなんて、
余所にとってみたら全く違うものかもしれないってのに。


においは語る、においは紐づき、想起させる。
においは世界だ。

においを嗅ぐ男の人生の走馬灯。
回転していく様々な場面。

一つのにおいから立ち上る記憶の粒子は、
過去と現在、夢と現実の境界を曖昧に揺れながら、
舞台の上で幾重にも回っていく。

それらは連続でも、断絶でもなく、
ただ、くるくると通り抜けていく。

井上新蔵
出演 片桐亜希 根本みを 中西彩華 友井初美
音響 5n6 /照明 亀井影人/衣装 サイトウエリコ

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『におうひと』

人なんて、およそ「そう」だと見ているようにしか物事を捉えられない。
目で見たものなんて、余所(よそ)にとってみたら、全く違うものかもしれないってのに
佐藤 衛壱

<序:におうひと>

※しきりに匂いを嗅ぐ音。
※中央に明かり。Aがマスク姿に白い服、拘束されたような格好で鼻を鳴らしている。

B:いかがです?においで、何かわかりますか?
A:におう、におう。水…いや、汗の…濡れたにおい…くさい。…濡れている

※パチン、という音とともに舞台全体が明るくなる。上手寄りにB、下手寄りに椅子に座るC、下手側にD。

B:正解!さっきねーぇ、漏れちゃった、出ちゃったの。あーあ、湿っぽい!

D:あらら、田中さん、紙パンツ、気持ち悪い感じかな?早めに声かけてくださいね、お洋服、汚れちゃうから。お部屋戻って、さっぱり、しましょうね!清拭、お願いします〜

A:…土だ、土のにおい

D:岡田さん、薬飲んだ?あれーまだもってる?持ってるねー、手、開きましょうねー?(Cの握り込んだ指を開かせる)お薬、飲まなきゃお薬ー…うわぁお、ダンゴムシー(Cを見る)

※C、水を一口のみ、ダンゴムシを口にしようとする。

D:飲まない、飲まないよーダンゴムシ!なに、お孫ちゃんが持ってきちゃった?駄目だって、面会に生物持ってくるのやめてって伝えたんだけどなー…(窓からダンゴムシを投げ捨てる)

A:恐ろしい

D:佐藤さん?

A:私はね、恐ろしい

D:どしたどしたー佐藤さん

A:私の力はいずれ国家に狙われるだろう

D:狙われるの?力?佐藤さんの、力ってなによ?

A:鼻が…きく!

D:うん?

A:鼻が、とてつもなく、いい!

D:…今日のお昼ごはん、なーんだ…?

A:唐揚げ

D:…大…正解!!

※パチン、という音とともに暗転。

<一場:におうひと、あるいは精神科医>

※しきりに匂いを嗅ぐ音。

※中央に明かり。Aがマスク姿に白い服、拘束されたような格好で鼻を鳴らしている。

B:いかがです?においで、何かわかりますか?

A:におう、におう。水…いや、汗の…濡れたにおい…くさい。…濡れている。…土だ、土のにおい

B:なるほど、なるほど?濡れた?くさい?土がついた?あ…犬?(あたりを見回す)いるわけ、ないか

A:唐揚げ…

B:唐揚げ…あー、昼の弁当に入ってたかな、唐揚げ。それかな…はーっ(自分の息を嗅ぐ)

A:私はね、恐ろしい

B:どしましたー?佐藤さん

A:私の力はいずれ国家に狙われるだろう

B:狙われるの?なんで?

A:鼻が…きく!

B:うん、うん、え?

A:鼻が、とてつもなく、いい!

B:鼻、かー。うん、大丈夫、狙わないから、国家。鼻なら、やっぱり犬の方がいいでしょ?におい嗅がせるならー、人間の佐藤さんより、犬、そう犬に嗅がせるでしょー?

A:私が嗅ぐのは、そんなものじゃない。においは語る、においは紐づき、想起させる。においは世界だ。私は、鼻で、それを知る

B:鼻で?世界が?わかるんですか。それは、すごい

A:組織に見つかれば…研究対象として…切り刻まれるかもしれない

B:そう、ですねー…うん、まぁ、それは…大変だ!
佐藤衛壱、76歳、痴呆…いや、今は認知症か。症状としては、鼻が良いという強い妄想…と

A:…妄想?

B:はい、佐藤さん、今日はもういいですよ。また2週間後にいらしてください

※B、舞台後方を向く。

A:…そう、思うのか。そう、見えるのか…。人なんて、およそ「そう」だと見ているようにしか物事を捉えられない。目で見たものなんて、余所にとってみたら全く違うものかもしれないってのに

※A、上手に退場。

<二場:ピエロ、あるいはブランコ乗り>

※C、下手から登場。Bは上手奥を向いている。

C:ねぇ、じきに出番よ。…ねぇ、また、「あの」佐藤さん?

B:ああ、認知症による幻視や幻聴がある患者はよくいるけど、においでなんでもわかるって思い込んでるというのは珍しいね。ありもしないにおいを感じる幻臭ってやつともちょっと違う

C:そう…研究のしがいがあるのよね。切り刻んだり、電気、流したり?

B:そうそう、光線銃で人間を捕まえて人体改造…って、宇宙人じゃないんだから

C:じきに出番。わかってる?しっかりしてよ。アンタは、精神科医じゃない。もちろん、宇宙人でもない。ピエロ、でしょ?

B:…

C:空中ブランコの、ピエロ

※B、ピエロの鼻をつけた姿で振り返る。A、上手に出る。

♪ジェンカ(橋幸夫)

A:さて、ここに登場しましたるは、我らがバラ十字サーカス団の「ハナガタ」スター!空中ブランコの妖精とピエロのコンビ、「かぐわしき」その名は、(♪:ドラム)ローリー&ポーリー!!

※C、Bを引っ張ってスポットライトの中へ。C、ポーズ。Bも遅れて、なんとなくポーズ。

C:アタシはサーカスの花形、空中ブランコのフライヤー。アイツはピエロ姿のキャッチャー。アタシが飛んで、くるりと宙返り。それからアイツが受け止める

※C、勢いよく縄梯を登り、松脂をつけ、棒を握る。

A:今宵、この麗しきローリーがお目にかけますのは、大技「空中3回転半ロシア飛び」!

<空中ブランコのダンス(♪ピカデリー)>

C:アイツはいつも上の空。自分は医者だと思ってる。奇妙な患者の話ばかりで、アタシのことなんか見ちゃいない

A:ブランコからブランコへ!まさに命懸け!!

C:サーカスの花形、空中ブランコ乗りのポーリー!!

※B、華やかにポーズを決める。

C:そう、アイツ昔は人気のブランコ乗りだったって。でも今はダメ、ピエロがせいぜい。こうなっちゃったのは、恋人がブランコで死んだとか、猛獣使いの父親が熊に食べられたとか、奇術師に変な薬を飲まされたとか聞くけれど、ホントのところはよくわからない。わからないけど、変になっちゃった。お手のものだったブランコさえ、飛ぼうとすれば汗みずく、怖くて怖くて、跳べやしない。アタシは空中ブランコのフライヤー。アイツはピエロ姿のキャッチャー。(Bを見る)可哀想…かわいそうな、アタシ

B:ぶらん、ぶらん。ぶらん、ぶらん

C:ブランコが揺れて、真っ暗なテントの屋根へ、昼のように明るいスポットの中へ

B:ぶらん、ぶらん。ぶらん、ぶらん

C:ぶらん、ぶらん。ぶらん、ぶらん。くるり、くるくる、あっ

※二人、手を伸ばす。B、Cの台詞中に上手に退場。

C:あと一寸、わずか数センチ、ほんの数ミリ、アイツの手は、ううん、アタシの手は、アイツに届かなかった。命綱も、ネットも無い。こういう時って、案外しょうもないことばかり頭に浮かぶもので、ああ、昨日のお夜食の残り、そのままにしちゃったからもう傷んでいるかしら、とか、こないだ買った下着、色は素敵だったけどナイロンだから蒸れて駄目ね、とか…そうこうしているうちに、アタシは高い高いブランコから、地べたに向かって、まっさかさま。アタシの体は、固い、固い地べたに叩きつけられ…

<三場:ダンゴムシ、あるいは唐揚げ屋>

※D、下手から出る。C、丸くなりしゃがみこんでいる。

D:やだやだ、ここにもいる。うわーダンゴムシ、気持ちわり!えい、えい!(指で弾くような仕草)

A:やあ、僕はハマダンゴムシ!海岸の砂浜に住んでいるよ!在来種さ!

B:ど〜も!コシビロダンゴムシよ、森や林に住んでるの。在来種よ!

A:あいつはオカダンゴムシ!北海道から沖縄まで日本中どこにでもいるよ!外来種さ!僕たち、ダンゴムシって名前だけど、節足動物で甲殻類、エビやカニの仲間さ!

B:やーい、やーい、外来種〜!!

「人生ダンゴムシ」

ダン ダダダ ダン ダンダン
ダン ダダダ ダン ダンダン

人生ダンゴムシ
苦もあるさ
寝床にゃションベンかけられて
虹も出る

ダン ダダダ ダン ダンダン
ダン ダダダ ダン ダンダン

D:えいっ(踏み潰す)

A・B:あ〜っ!!(退場)

※C、舞台後方へ行く。

D:ダンゴムシ、気持ちわり!

※C、ダンゴムシの姿で振り返る。

D:とにかく、丸くなるのが、気持ちが悪りぃな!あと、足が多い。気持ちわり!うぇ〜ここにも登ってきた!(二の腕のあたりをつまみ、弾き飛ばす)変なムシ!
あっ、いらっしゃい!はい、いらっしゃい、はいはい、こちらもいらっしゃーい!
…なんだ、いらっしゃいしねぇのか。そっか。うーん、つーか、誰もいらっしゃいしねぇな。売れるって言ってたのにな、唐揚げ

※A、上手から登場。

A:唐揚げ、お好きですか?そう、皆さん、お好きですよね?ええ、ええ、調理は簡単、フライヤーひとつあれば開業できるんです。鶏肉ですから、コストもかかりません。弊社の唐揚げフランチャイズシステムなら、唐揚げ専門店「からせん」のブランド力、知名度、ノウハウ、仕入れ、経営指導などまるっとサポート!3000億円と言われるこの唐揚げ市場で、お互いに成長・発展いたしましょう!

※A、退場。

D:嘘じゃーん、油たっけぇじゃーん。小麦粉、たっけえじゃーん。お客、来ねえじゃーん。ダンゴムシ、来るじゃーん!あっまたこの!(指で弾く)

※B、上手から登場。Dの様子を伺いながら近づく。

D:…お、いらっしゃい。

B:唐揚げ、ええと380円。うん。じゃそれ一ついただける?

D:いただけない

B:…え?

D:あげるわけにはいかない

B:ん?ん?

D:唐揚げ、だけに

B:あー

D:ふたつ買わない?フランチャイズの加盟料、500万。唐揚げ380円じゃ、おっつかない

B:あー…じゃぁ

D:まいど!唐揚げふたつ、えーと、なーなーひゃー

B:やっぱり、大丈夫です

※B、退場。

D:…唐揚げ、お好きですか?皆さん、お好きですよね?

※D、二の腕のあたりをつまむ。

D:なんでまた登って来るかなぁ。えいっ(弾き飛ばす)

※C、のそのそと退場。暗転。

<四場:椅子取りゲーム>

♪ジェンカ(橋幸夫)
※中央に椅子が3つ。A、B(ピエロ)、C(ダンゴムシ)、D(犬)、ジェンカを踊りながら出てくる。椅子の周りを反時計回りに周り、曲が止まるとB、C、D、着席。

A:もうす、もうす!

B:はい、おたずねくだぁさい!

A:ここにわたしはおりますでしょうか?

B:はいはい、ちくっと見て参ります、ちくっと見て参ります、ちくっと…いやーどうも留守にしておるようですよ

A:留守でしたかー、はぁ、ではお邪魔いたしました…もうす、もうす!

C:はい、おたずねくだぁさい!

A:ここにわたしはおりますでしょうか?

C:はいはい、ちくっと見て参ります、ちくっと見て参ります、ちくっと…どうも留守のようですねぇ

A:留守でしたかー、はぁ、ではお邪魔いたしました…もうす、もうす!

D:はい、おたずねくだぁさい!

A:ここにわたしはおりますでしょうか?

D:はいはい、ちくっと見て参ります、ちくっと見て参ります、ちくっと…

A :あのー

D:拙宅の主人は、まもなく戻られる、とのことです。おまぁちください

A:はい、はい、ではこちらで待たせてもらいます

♪ジェンカ(橋幸夫)

※B、C、ジェンカを踊りながら下手に退場。暗転。

<五場:犬、あるいはにおうひと>

※A、しきりに匂いを嗅ぐ。

A:くさいなぁ

※中央に明かり。A、椅子に座っている。D、Aの足元に座っている。

A:お前、くさいなぁ

※D、Aを見る。

A:もう2週間だもんなぁ、お前、ここに繋がれてて、2週間。お前のご主人、どこまで買い物に行ったのかなぁ…せめて、屋根があるとこにつなげばいいのになぁ…なぁ。
買い物、行ってんのかなぁ…なぁ、お前のご主人、いつ戻ってくるんだろうなぁ。戻って、くんのかなぁ

※A、においを嗅ぐ。

A:うん、水…いや、濡れたにおい…くさい。ちゃんと、くさい。戻って、こないのかもしれないなぁ。戻って、こないだろうなぁ…いや、ひょっとして、ワンチャン…ワンちゃん、だけに…いや。
なぁ、お前、唐揚げ食うか?唐揚げ、好きか?好きだよな?…買ってきて、やろうか?

※A、下手に退場。D、においを嗅ぐ。暗転。

<終:におうひと>

※パチン、という音とともに中央に明かり。そこに身を乗り出すようにして正面を向くB。

B:佐藤さん?佐藤さーん?…眠っちゃった、のかな

※D、明かりに入り、においを嗅ぐ。

B:においます?

※D、くんくんと鼻を鳴らし、うなづく。C、どこかへ向かう途中に、明かりの中に入ってくる。

C:あら、佐藤さんどうかした?

B:におうらしいんです、ほら、あのにおい

C:におい?

B:そろそろかなーって時に、におうんだそうです

C:におうの?…え、どんなにおい?

D:甘酸っぱいというか、土くさいというか、ちょっと、お線香みたいな?

C:におうの…

D:(うなづく)たぶん…お昼ごろかなぁ

C:あらー、今日のお昼、唐揚げだったのに

B:佐藤さん、好きだったよね

D:「だった」って言わない。まだ、だから…あっ「まだ」も駄目か

B:連絡しておきましょうか

D:佐藤さん、ご家族いらっしゃらないから、ソーシャルワーカーさんね

C:佐藤さん、唐揚げ、今日のお昼、唐揚げ!

※BとD、Cを見る。

B:そんな、唐揚げで持ち直したりは

D:いや、ワンチャンいけるかもしれない…佐藤さん、唐揚げ!

B:えー…佐藤さん、唐揚げ、もうちょっと頑張って、唐揚げ!

D:唐揚げ!

C:唐揚げ!!

B:唐揚げ!!!

BCD:唐揚げ!!!!

※パチン、という音とともに暗転。においを嗅ぐ鼻の音。